
アメリカのカリフォルニア州サンタバーバラ出身でトップレベルのフリーサーファーのパーカー・コフィン「Parker Coffin」(30歳)。
兄のコーナーはCT(チャンピオンシップツアー)サーファー経験を持ったり、共にプロサーファー兄弟として活躍しているものの、決して順風満帆な道のりではなかったとのこと。
特にパーカーは兄のコナーがレールゲームを得意とするだけに、エアゲームが得意だったパーカーは身近な比較対象の存在による軽いサーフィンと言う印象が強かったですので。
今回の動画は、パーカー・コフィンのこれまでのキャリアを振り返るドキュメンタリー作品「This Is Where I Am」をお届けします。
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サーフィンにハマらなかった幼少期
家族旅行でハワイを訪れた2歳の時、初めてボードに立ったと言うパーカー。
なのですが、実は7〜8歳になるまでサーフィンには全く興味を持てなかったそうです。
兄のコナーがサーフィンに夢中になる一方、パーカーは野球、バスケットボール、スケートボードに夢中だったとか。
しかし、一度サーフィンの魅力に取り憑かれると性格も手伝ってかどっぷりとハマり、現在に至るまで情熱が続いているそうです。
プロサーファーにとって恐怖のメインスポンサー喪失
21歳の時、長年支えてくれたメインスポンサーを失うというプロサーファーのキャリアにおいて最大の危機に直面することに。
メンタルはズタズタになるほど傷つき、大学に行くかサーフィンを続けるかさえ悩んだそうです。
そんな折に出会う事になった新たなブランドが「Roark」。
コンテスト結果だけを求める世界から、乗馬をしたり、キャンプをしたり、旅そのものを楽しむスタイルへの転換は、パーカーのサーフィンの世界観を大きく広げる転機となったとのこと。
クラフトマンシップへの想いとチャネルアイランズとの絆
パーカーのサーフィンを支えるのは、地元サンタバーバラにあるチャネルアイランズ(CI)。
物作りの家系に育ったパーカーは、幼少期から職人技に対する深い敬意を持っていたそうです。
動画内ではCIのファクトリーを訪れ、新しいボードを手にするシーンが印象的。
パーカーのこだわりとして「CI Pro」のアウトラインに「Neck Beard」のロッカーを組み合わせるなど、自ら試行錯誤してボードをオーダーしているとのこと。
ボード理論の基礎としては、ケリー・スレーター、トム・カレン、デーン・レイノルズが日常的に出入りする環境で育った事から彼らから得た知識によるものと、恵まれた環境であったことが分かります。
チャージするならばタフである必要がある
これまでにビッグチャージによる代償も十分に払ってきたというパーカー。
インドネシアではメンタワイ諸島のカンドゥイにモンスタースウェルがヒットした際のチャージで頭、肩、足を強打。
結果として足指を粉砕し、水中で意識不明になって救助されるという九死に一生の経験をしたとか。
ここ最近ではカリブ海のバルバドスでのワイプアウトで、顔からボトムで突っ込んでしまって鼻を骨折し、失明寸前の大怪我を負っています。
そのような経験から、若い頃は無鉄砲だったけど現在は計算されたチャージを心がけているそうです。
ただし、現在のフリーサーファーはエアーが得意と言ってもビッグバレルチャージは当たり前と言う風潮。
そのため、肉体的にも精神的にもタフでなければ生き残れないとのこと。
世界最高のレフトと最高の人間関係
パーカーが世界で最も好きな波として挙げたのは、フィジーのクラウドブレイク。
動画ではチリやインドネシア、地元のリンコンで見せるキレのあるバックハンドが収録されています。
そんなパーカーにとって最も大切にしているのは「誰と一緒にサーフしているか」と言う点だそうです。
ちなみに、「自分のベストはまだ先にあると信じているし、それが僕の原動力だ。愛する人たちと、大好きなことを共有する。それこそが幸せなんだ」と言う思いを抱いているとのこと。
そんなパーカーは現在、自分のスタイルとボード理論を追求し、次世代へ知識を繋ごうとする「表現者」の道を歩んでいると言います。
まとめ
兄弟揃ってのプロサーファーであり、尚且つ早い時期からYoutubeチャンネルを活用したりと先進的であったコフィン兄弟。
兄のコナーは順調にコンテストシーンで台頭して、コンテストシーン最高峰のCTまで登り詰めた一方、パーカーはコンテストでは挫折を味わっています。
そしてメインスポンサーであったボルコムと契約解消になった時は厳しいと思いましたが、見事にフリーサーファーとしてスナプトシリーズの常連出演者となったり、大逆転
を果たしました。
誰の人生にも必ず訪れる挫折を乗り越えたパーカーの人生を振り返ってみて、自身の参考にしてみてはいかがでしょうか。
















