Photo: WSL / LAURENT MASUREL

最後の最後で突如として東京五輪サーフィン出場権を手に入れたコスタリカ代表のカルロス・ムニョス。

ポルトガル代表のフレデリコ・モライスの新型コロナテストの結果が陽性反応となったためですね。

でしたが、イベント初日の昨日7月25日、カルロスはヒートに姿を現さず不戦敗となりました。

今回の記事は、スタブ誌が報じたカルロス・ムニョスの来日に向けての奮闘記、そしてなぜカルロスの到着を待たなかったに関するISAの見解といったニュースをお届けします。


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東京五輪に代理出場できるとの連絡をカルロスが受けたのは、今夏リリース予定となっているサーフムービー「Snapt4」の撮影でコスタリカのカリブ海サイドを訪れていたタイミングだったとか。

連絡を受け、すぐに国際空港のあるシティへと移動しようとしたカルロスですが、現在のコスタリカは雨季で、道路は洪水で通行止めになっていたとか。

色々と手を尽くすものの無駄に時間だけが過ぎていくだけで、最終的には消防車をヒッチハイクして移動が可能になったそうです。

何とか病院でPCR検査を受け、空港に辿りついたものの、空港で提示された日本行きのベストオプションの到着予定日はウェイティングピリオド初日の翌日となる7月26日。

そこでカルロスのパートナーがあらゆる手を尽くして調べ、最短となる7月25日の午後10時に日本到着の便を抑えたと言います。

それでも初日25日にイベント開始となれば出場できず、25日には最悪の想定であったイベントがオンとなることに。

今回の状況を報じたスタブ誌は、このままではカルロスが可哀そうとの思いから、SNSを通じてラウンド2の開催を翌日に変更するように訴えました。

でしたが、現実には25日にラウンド2まで開催となり、カルロスの夢は潰えることになりました。

https://www.instagram.com/p/CQtihLSFecM/

では、なぜ波があまり良くなかったウェイティングピリオド初日にイベント開催に踏み切ったのかと言うスタブ誌の質問に対し、ISA会長は以下の返答をしています。

ISAとIOCとしては、何としてでも火曜日(7月27日)にイベントを終了させたいんだ。

コンディションはイベント期間でベストになるし、その後はすぐにスウェルが消えていくから。

さらに言えば、水曜以降はイベントが観戦できない恐れがあるほど濃霧が掛かるかもしれない予報なんだ。

記念すべきオリンピックデビューということを考えれば、今回の決断しかなかったんだよ。

カルロスの事情については把握していて、こちらの事情を分かってもらうために直接会話して理解してもらえた。

カルロスは来日してからコスタリカチームへの合流が認められ、チームメンバーのブリッサ・ヘネシーを応援することになるよ。

サーフィンは基本的にイベント期間のベストデーをイベント最終日に当てるので、カルロスにとっては残念な結果となってしまいました。

ただ、驚いたのは火曜日をイベント最終日にする意向ということで、当初は4日間の開催期間を3日に短縮というわけです。

日程の短縮はチケット販売の有観客では厳しかったので、無観客となったことで逆にフレキシブルに動けることになったのは良かったのかもしれません。

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参照記事「ISA President Explains Why Olympic Organizers Wouldn’t Put The Event On Hold For Carlos Muñoz

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