サーフィン界においてごく一握りではあるものの、極めて幼い頃から注目される存在となっているスーパーグロム。
一方、大半のサーファーは若い頃は大して注目されることなく、ビッグイベント優勝などのターニングポイントを迎えることになります。
その流れは、今やトップサーファーであるフィリペ・トレド「Filipe Toledo」(24歳)も同様。
今回の動画は、フィリペ・トレドにとって人生の転換期となった2011年のUSオープンのプロジュニアイベントを語る映像をお届けします。
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17歳という若さでワールドツアー入りしたフィリペ・トレド。ですが、フィリペがCT入りした時点で、どれほどの方がフィリペの存在を知っていたでしょうか!?
私は全く知らず、フィリペがCT入りしてからしばらくして、「小波最強サーファー」と揶揄されてから知りました。
そんなフィリペがスターダムへの階段を登り始めるきっかけとなったイベントは!?
それが、2011年のUSオープンのプロジュニアで、同イベントのファイナルで対戦したのが、ジョンジョン・フローレンス、コロヘ・アンディーノ、コナー・コフィンと現CTサーファーという面子。
今回の動画で初めて知りましたが、かつてはビラボンがスポンサーであったフィリペ。
でしたが、ビラボンとの契約解消となり、しばらくステッカーレスの時期を送り、新たに獲得したスポンサーが現在に繋がるナイキ(ナイキは後にサーフ部門を撤退してナイキライダーはハーレーに移籍)。
2011年のフィリペは16歳で、初めてカリフォルニアを訪れて出場したUSオープンのプロジュニア。
ファイナリストの面子は今で考えれば強烈ですが、当時のフィリペにとって、ジュニアでは凄い面子だけど、CTのトップサーファーではないのでそこまで気負わなかったとのこと。
そして、フィリペは見事優勝を果たし、翌シーズンにはワールドツアー入りを決めることに。
ちなみに、ジュニアイベントながらジョンジョンとコロヘは幼い頃からスポットライトを浴びてきたエリート。
一方のフィリペは、知名度で劣るのは当然として、サーフィン界ではブラジリアンというだけで毛嫌いされるほどの時代に台頭してきた存在なので、扱いも悪かったはず。
ブラジリアンが世界的に嫌われていた理由は、基本的なサーフィンのルールを守らないや、情熱的で喧嘩っ早いなど色々あります。
普通に考えれば、人それぞれ個性があり、ブラジリアンというだけで一括りにするのも無理があるのですが…。
そんな逆境の中でサーファーとして台頭してきたフィリペなので、CT入り後も「小波最強サーファー」と言われたものの、今やJベイイベントで優勝するほどのレールサーフィンを見せることに。
フィリペ本人が語るターニングポイントをチェックして見て下さい